カンナギという魚をご存じだろうか?通常50〜60cm程度のマハタが体長1m〜2m,重さ40kg〜100kgを軽くオーバーするサイズまでに成長した巨大老成魚をそう呼ぶ。数年前まではその存在さえも幻だったいかつい顔の海神。そいつが「カンナギ」だ。なにしろ相手は海の守り神。釣ろうと思って釣れる魚ではない。幻の巨大魚だ。だから狙う。
必ず獲れると確信してポイントを探した。知恵を絞った。そして重郎平丸にあがったカンナギは3年間で8尾。114kg.120kgの超大物もでた。幸運な釣り人に訪れた一生に一度のあるかないかのアタリ。それを物にした強者。それぞれのドラマを見ていただきたい。





木村氏のフィンノール+船長の素手で54kをGET!
<54キロ/H11.4.22/木村氏/神津島沖/赤イカの泳がせ>
1999
Kimura

1999年の春、カンナギを狙いに行ってみたいなー、行けば食うだろうなー、狙えるお客さんが来ないかなー…なーんて考えていたところに、木村さんを入れて3名、狙えるお客さんが揃った。
やっぱり エサは活きた赤イカ、水温が16度台でちょっと低いのが気になった。 何にも考えていなかった第一投目、驚いた事に強烈にサオがひん曲がってしまっ たのはまたまた第一投目だった。木村さんのリールはフィンノールいいリールだ。「マケマケ」船長すかさずサオを立 てに走る。手応え充分。何回も何回も強烈に引き込んだ。100キロ級を想像していた。やっとの思いで後半分の所まで来たその時、強烈なショックとともにリールがバッククラッシュ!「あー このままではバラシテしまう」思った瞬間、道糸をつかんでいた。手でタグリだした、私の手がサ オとリールとなってしまったのだ。強烈な引き込みを手でやったり取ったり、漁師時代に 鍛えた腕の見せ所だった。とっさの事だったので手は素手だった、手袋をしてなかっ た。 道糸の新素材は細く指に巻き付いたら大変な事になる。細心の注意をはらいながらのや り取りだった。あと15メートル、まだ激しく抵抗した。この時点でも私は100キ ロを疑わなかった。それだけのパーワ−だった。ユラ、ユラ魚が見えて来た。ポッカリ 浮いた。それわまさしくカンナギ。マンマルの魚体だったが検量 の結果は54キロ。思ったほどは目方が無かった。しかし今までのカンナギのなか でもトップクラスの引きだった。木村さんの竿と船長の素手でなんとかしとめたけれど、大したヤッだったなー。

この魚も皆でいただきまし た最高に旨かったです。品のある油がたまんなかったー。釣らせてもらった事に感謝!有り難うございました。

大物釣り師・道源先生はミスターカンナギ?
<85キロ/H10.8.23/道源博保氏/神津島沖/赤イカの泳がせ>
1998


Dougen

道源氏は重郎平丸で年間何回も一人で大物狙いの仕立てをする。東京の大田区で開業医を営む無類の大物マニアである。過去、重郎平丸でモロコ、カンパチ、ヒラマサの大物を何本も釣り上げている実績のある大物釣り師である。今回はハナからカンナギ、それも100キロ級を狙う夢のある釣り企画だった。
漁船から活きた赤イカを仕込んでのスタート。目指すはカンナギのポイントだ。予感がした。どんな結果が出るのか非常に楽しみだった。エサの赤イカを投入、「一投目でくるぞ」内心私は思っていたが、そんなウマクはいかなかった。それは二投目だった。何度目かのタナ取りをした瞬間サオが入ってしまった。かなりの勢いでサオがひん曲がる。ミヤの電動を使用しているのでスイッチON したが、あまりの力にブレイカーが飛んだ。間髪入れず手で巻き、またスイッチを入 れる。そのくり返しだった。魚を取りやすいように船を動かし、道源先生のファイトをフォローした。緊張して身体中に力が入る自分を感じた。この魚は水面下まで、 最後まで凄まじい抵抗をした。パワーのあるヤツだった。まさにカンナギと釣り師との壮絶なファイトだった。
検量の結果85キロ。幸運の女神は微笑んでくれた。道源先生の腕も確かだった。一生に一度の幸運…だと思っていた。しかしこの人はこれだけでは終わらないのだった。


114kgの怪物がTVカメラの前に現れた!
<114キロ/H10.7.16/大塚貴汪氏/神津島沖/赤イカの泳がせ>
1998

Otsuka

大塚氏 の大物狙いでテレビ取材。3日間の予定だった。3日間あれば捕れる自信はあった。1日目は島周りのポイントからのスタート。いい凪ぎだった。
エサは活きた赤イカを使用。潮を読みながらモロコのポイントを探っていった。時間はたっぷりある。余裕だっ た。色々探るが当たりが全然無い。そうこうするうちに1日目の沖上がりの時間に なってしまった。「こんなはずじゃーないのになー」。
2日目、朝一無線で気象をチェック。今日1日はナギ。明日はシケ模様になる予 報だった。今日キメなければ後が無いと思ったが、プレッシヤーは感じなかった。港から1時間近く走った沖めのポイントからのスタート。エサの赤イカは1日使ってもあまるぐらいあった。水深70前後、根は荒い。このポイン トには自信があった。必ずいる。間違いない。何投目かで当たりが来た。しかしサオの 入りからして大したことが無い。水面に姿を見せたのは6キロのキジハタだった。又すぐに当たった。
やはり6キロ前後のキジハタ。立て続けの当たりで釣り師と船頭の気分が乗ってきた。「そうだカンナギのポイントに行ってみよう」とひらめいた。ポイント移動中に不思議とワクワクしていた。とっておきのポイント到着。仕掛けを投入。潮は動かない。妙な予感が…。そして…何分もたたないうちにサオ先はいきなり入っ ていった。かなりの大物。まちがいない。「カンナギだ!」思わず声が出た。マケ!マケ!しかしリールが巻けない。道糸を たぐった。道糸に伝わるとてつもない重量感。一人がサオを立て、もう一人が糸をぬく。大塚さんはリールを巻取る。何分やり取りしただろうか。 残り30メーターで魚が浮き始めた。もう少しだ。後20メーター。そこから一気に、突然に、そいつはぼっこりと姿を現した。今まで見たことも無い、ベテラン漁師の度胆を抜く114キロのカンナギだった。何本もの釣り針を口に差した。震え上がるような顔つき。「いったいこいつは何年生きてきたんだ」大船長はそうつぶやいた。
一部始終はテレビカメラに収まり。放映された。



杉浦氏無欲の勝利!重郎平丸第一号カンナギ57kg
<57キロ/H9.7.16/杉浦英次氏/神津島オンバセ沖/赤イカの泳がせ>
1997
Sugiura
朝方ヒラマサの17キロをゲットしてしまった杉浦さんは余裕の釣り?だった。この日後半、重郎平丸は水深150メートルのポイントに移動した。ちょっと深いのでペンの手まきリ−ルを使用していた杉浦さんは操舵室まで来てためらっていた。「今日はもういいかな」。そんな様子だった。「まだまだ赤イカの餌がいっぱいあるから、杉浦さん仕掛けを入れてみたら?」と船長が一言。ふんぎりがついたらしい。「それじゃーやってみようかなー」。 餌を入れタナ取りを何回かするといきなり竿先が入ってしまった。驚くほど強烈な引き込みだ。船長が竿を立て、杉浦さんがリールを巻く、何がきたのか?どれぐらいやりとりしたのか?頭はまっしろだ。そうするうちにユラユラ漁影が見えてきた。デカイ。何だ?ポッカリ水面に浮いたのはマハタの怪物、カンナギだった。初めてお目にかかる、初めて釣り上げた重郎平丸1号のカンナギ57キロだ。この魚は当時の重郎平丸の大物記録になった。 次の日から船長の左腕と左足はめったにない筋肉痛。初めてのカンナギの引き込みと感触が何日も全身に残っていた。